3月11日(水)

15年前の3月11日は金曜日で、今日より寒かったと記憶しています。
私が県議会棟から帰ってきて秘書課の前を通った時、
突然けたたましい音が鳴り響いたの。
すぐには揺れなかったので、「なんだ、誤作動だどれ !」と大きな
声で言いながら知事室に入った途端、グラグラと来たのでした。
それから後は、まずは県内のライフライン復旧を指示し、東北の
他の5県の知事たちに連絡して各々の県の状況を尋ねた
のでした。
もちろん、リエゾンとして職員2名が宮城県庁へ。
県内の消防隊は新庄市に集結して、岩手県で救援活動。
警察も建設業界もJAも皆太平洋側の県で救援サポート。
市町村もほとんどが宮城県や福島県の市町村と協定など
結んでいたので、毎日のようにサポート活動。
放射線の問題もあったので、政府へ専門家を派遣してもらって、
2週間にわたり、保健所や病院、マスコミに説明してもらった。
ピーク時には全国で最も多い1万3千人を超える避難者の方も
受け入れました。
ガレキの山をテレビで見て県内処分を受け入れたり、牛の全頭検査を
したり・・・もう、毎日が全力の連続でした。
山形空谷も被災した仙台空港に代わり、24時間体制に。
政府の要人や自衛隊、消防、警察、アメリカ空軍まで山形空港を
利用して太平洋側へ向かったと聞いているわ。
あれから15年。いまだに原発は廃炉になぅておらず、沢山の人が
避難生活を送られています。
全国的に自然災害が毎年発生しているけど、東日本大震災を
忘れてはならないと思う。
沢山のお亡くなりになった方々の鎮魂と、防災への備えを誓って
キャンドルナイトに参加してきました。
寒い中参加してくださった皆さん、有難うございます  !!
これからも東北の復興目指して、血からを合わせていきましょうね。